年を取ることは基本的にはすきじゃ無いんだけど、
おもしろいなぁ、って思うことがあって。



例えば若い時、10も20も年上の人を見ると大人だなぁと感じたりする、
というのはのよく聞くし自分もそう思います。
実際その歳になって見たらまたまだだなとか。


ただ自分が若い時を知っている人だと、
久しぶりにあっても変わらないんだよね。


もう10年以上一緒いる友人。
年に1〜2回しか合わないけど会えば、
会っていない間の時間なんて関係なくなってしまう。


この間10年ぶりに会って話をした人達がいて、
不思議な気持ちだった。
年は取っても変わらないもんだなぁ人って。


まぁ冷静にみれば歳相応なのかもしれないけど。
頭の中では全然変わっていない。


当時10歳くらい上の人がいて、
今の自分の方がその当時の相手よりも歳上になったんだけど、
会って話しているとよくわからなくなる。
相対的な関係性は当たり前たけど変わらないからね。
それもあるのかもしれない。


自分自身としても、
もちろん変わった部分もあるけど、
びっくりするくらい変わってないと思います。
本質的なところは学生時代から変わって無いんじゃないかな。
それは何と無く自信がある。
自慢にはならないけど。


もう少し歳を取ると変わるのかもしれないけどね。
色々と。



八十八ヶ所巡礼の『日本』を聴いている。
いい。


音源としては、『攻撃的国民的音楽』しか聴いていないため、
もっと攻撃的な物を求めていたのか、
多少肩透かしを食らった感じでした。
全然、むしろ結果的にこっちの方がいい。


何だろう聴き始めると大体いつのまにか終わりまで聴いています。
最後に9分を超える曲もありますが全然長く感じない。
まあ途中でガラッと曲が変わるのでそのせいもあると思うけど。


すごく陳腐な表現で申し訳ないんだけど、
捨て曲がない。


ほんとにどんなにすきなアーティストでも何回が聴いていると、
飛ばしたくなる曲もあるんですよ。
(逆にその曲を聴きたくなることもあるので気分なのかもしれないけど)
まだ新鮮さがあるからってものあるけど、
何周しても頭から終わりまで聴いてしまいます。


やっぱり長くても40分くらいには納めてもらえると聴きやすくていいなぁ


もっと掘り下げたい。


八十八ヶ所巡礼 / 絶妙Σ


これは絶妙だ!って言ってしまうよね、安易だけど。



これは昔からなんだけど、
人の死というものにどうも実感がもてない。
もう会えないというのは頭では分かっているんだけど…



数年に1回とか年に数回会っているだけの人だと、
その頻度が落ちるという感覚というか、
実際には無くなるのだけど、影響を感じにくいみたい。


想像力がないのかもしれない。
ひどいヤツなのかもしれない。


逆に親族というわけでもないし、
教え子とかなんだろうけど、
すごく泣いている人を見てると、
何を思って泣いているんだろうか、
とまではその時思わなかったけど。
見ていて少しモヤモヤを感じたりします。


わたしには無い想像力を持っているのだろう。
その想像力で何を想像しているのだろうか。
そこまで想像する気はないけど。


自分の死を身近に感じれば変わるのだろうか。


ってことを少し考えた。


人としてどうなのかとも思ったけど、
別に悲しくないわけではないです。
死に対して実感が沸かないという話でした。



そういえばROPES取り上げるんだった…



…では、また~